暇な男子大生スナフキンの日記

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恋愛工学に感化された大学生が、美女を即ることと、人生を楽しむ過程を記録した日記。twitter:@Opabinia_pussy

不倫をする人と不倫を批判する人と、不倫を批判する人を批判する人

こんにちは。いつものように大学のジムで筋トレし、インターバル中にツイッターを見ているとタイムラインにこんなツイートが流れてきました。

 

最近テレビを全くと言っていいほど見ないので知りませんでしたが、どうやらドラマ「花より男子」に出演した阿部力さんにダブル不倫疑惑というニュースが巷では話題になっているようです。芸能人の不倫スキャンダルは近頃よく話題になります。これに対して、いつも強烈な言葉遣いで持論を展開すると評判が高い、キングコングの西野さんが「不倫する人はクソ。」「不倫はだめ。」と批判する人を批判しているそうです。

 

不倫や不倫の批判の是非はさておき、最近よくいる「不倫を批判する人を批判する人」について考えました。「不倫を批判する人を批判する人」の言い分は簡単にまとめると以下のようなものが多いです。(というかほとんどです。)

 

「不倫は当事者間の問題である。直接的な被害も受けていない赤の他人が口を出すものではない。」

 

西野さんのように強い言葉で多くの人の印象に残るように書いている方も、もう少し柔らかい言い方をする方もいますが、言っている内容は皆あまり変わりません。

 

不倫を批判する人と、不倫を批判する人を批判する人、どちらが「正しい」のでしょう。

 

結論から言うと、どちらも大して変わらない。とぼくは思っています。

 

前者の人々に対して、後者の「不倫を批判する人を批判する人」はしばしば、「利害関係のない他人が、他人の情事に口を出すものではない」といった理由で批判をします。しかし、不倫を批判する人が不倫を批判する利益はちゃんと存在しています。それは、「不倫を公然と認める社会が出来上がり、自らの生殖戦略上不利益が生じる」ことを防ぐというものです。

 

そして、後者の不倫を批判する人々にも、「不倫を批判する人」を批判するりえきがちゃんと存在しています。すなわち、「自らが不倫をする(あるいはそれに類する社会的に批判されがちな行動をとる可能性がある)側の人間」であるため、不倫が社会的に認められた方が、もっと一般的に言えば「社会的な共通認識を守らなくて良い社会」になった方が自らの生殖戦略上有利である。というものです。

 

このような意見を表明すると、「人間はただの動物ではなく、生殖戦略上有利かどうかだけが判断基準になることはない」といった反対意見を受けることがよくあります。しかし人間は、約40億年前に地球上に最初に現れた生命の遺伝子を受け継いでおり、その遺伝子には、「可能な限り自身と同じ遺伝子を持つ個体を増やすことを、最優先目標とする」ことがプログラムされています。

 

ぼくたちが、そのことを自覚することは基本的には(進化生物学を学ばない限りは)ありません。なぜなら生物は、「生き残るために、生殖戦略上有利な戦略をとる」のではなく、「生殖戦略上有利な戦略をとった個体が、結果的に生き残る」ためです。つまり、我々の太古のご先祖様が、こうした戦略をとって生き残ってきた結果、我々はある一定の環境では不倫を批判したり、不倫を批判する人を批判したりするのです。

 

生物というのは、「生体を構成する有機化合物から成る、自己複製システム」にすぎません。社会に存在するあらゆる問題における、「正しい」「正しくない」「良い」「悪い」「正論」といった意見は、その社会の多数派や影響力を持つ人が持っている虚構にすぎません。

 

モテ、非モテといった視点で見るならば、不倫を批判する人というのは非モテ側で、不倫を批判する人を批判する人はモテ側でしょう。ぼくはモテ側でいたいですが、不倫を批判する人を批判することはしません。どちら側の人たちも、そんなに素晴らしいことを言っているというより、自分の先祖が進化の過程で同じような状況に置かれたとき、有利に働いてきた戦略を選んでいるに過ぎないからです。

 

こうした話題に噛み付いても、あまり幸せになれませんから、ぼくたちはいつものように金を稼いで美女と寝ることに集中するのが良いでしょう。