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暇な男子大生スナフキンのナンパ日記

恋愛工学に感化された大学生が、美女を即ることと、金を稼ぐことを追い求める過程を記録した日記。twitter:@Opabinia_pussy

環境保全活動は、人間の自然を愛する美しい心によって行われる美しい行為ではなく、利害関係の対立が生む政治的な行為である。

久しぶりの更新だが、ナンパは全然関係ない。ナンパブログとしてはあるまじき行為かもしれないが、僕の中ではこのブログはもはやナンパブログというより、自分の考えを書くことで頭の中を整理し、あわよくば読んでいただいている方に意見や感想をいただく場所になっている。

 

さて、この記事の主題はタイトル通りである。

 

トランプ大統領が地球温暖化を否定しているという報道、日本での再生可能エネルギーを重視する政策など、環境問題や それを解決する環境保全活動は、近年大きな関心を抱かれている。メディアやネットニュースでも、環境汚染によって絶滅の危機に晒された動物や、汚水やオイルにまみれた鳥の姿がしばしば報道される。

 

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地球温暖化とホッキョクグマに迫る危機をあらためて学習しよう - 動物を知り、動物を愛すより

 

タンカー座礁、鳥たちが油まみれに… 原因は、わたしたちの日常? | 国際環境NGOグリーンピースより

 

心を痛めた多くの人は、口々に、

 

「人間の都合で絶滅する動物はかわいそう。」

 

「地球は人間だけのものじゃない。自然と共存していくことが重要だ。」

 

などと述べる。

 

流氷に乗っているやせ細ったホッキョクグマや、タンカーの油にまみれた水鳥の姿は人々に憐憫の情を抱かせ、上に書いたようなセリフを言わしめる。

 

しかし、

 

「人間の都合で絶滅する動物はかわいそう。」

 

と言って環境保全活動を行う人こそ、人間の都合でしかものを考えていないという矛盾が生じている。そして、タチが悪いのは、こういった人々は自身の論理が矛盾していることに気づいていない。どういうことか。

 

たとえば、人間の活動によって、多くの人が好ましい印象を持つ、ある生物Aが絶滅の危機に瀕したとしよう。誠に残念である。その一方で、人間にとって好ましくない性質を持つ、ある生物Bが、天敵である生物Aの減少により、繁栄したとする。

 

このようなとき、多くの人は上記のような言葉を口にする。自然界で起こったことは、ある生物が減り、それに伴い別の生物が増えただけなのだが、それ人間が人間の都合で、善悪の判断をする。

 

このような人々は、環境「問題」それ自身とそれを解決するための「課題」へのアプローチを混同している。

 

環境問題それ自身は、ある現象に対して、不利益を被る集団が存在することで生じる。地球温暖化であれば、「地球温暖化によって受けとるデメリットが、メリットよりも大きい集団」はそれを問題と見る。(このデメリットには、「きれいな景色が失われるのが悲しい。」のような感情的なものも含む。)

 

また、生物の絶滅問題も、それを悪いことだと思う人がいるから問題となる。学者しか存在を知らないような、我々の生活にほとんど影響を及ぼさないバクテリアが絶滅の危機に瀕していても、それを多額のお金を使って保護しようとする人はいないのだ。一方で、誰かの生活に密接に関わる種の絶滅は、その人たちにとって問題である。

 

これら「問題」を、解決する際には、周囲の人々の賛同を得て、利害が対立する集団よりも多くの人の支持を得る必要がある。温暖化の例で言うと、温暖化で生じるデメリットの方が、温暖化を進める要因となる活動で得られるメリットよりも大きい、と人々に思わせる必要がある。これが、問題解決のための課題である。

 

そして、そのための手段として、「心の美しい人なら琴線に触れるであろうホッキョクグマの写真」は用いられるのである。

 

環境問題に対する意見を聞くと、あまりにも「人間だけの都合で~するのはかわいそう。」「地球温暖化は植物にも悪影響だからよくない。」などの、メディアが言っているようなことをそのままコピペしたような意見が多い。前者のおかしな点は、先程述べたとおりだし、後者も、植物に悪影響が出ると困る人間がいるから、よくないと言われているのであって、植物が死んでしまうことは単なる現象に過ぎない。

 

さて、環境保全活動を批判するようなことを書いたが、僕自身はそれに反対していない。僕の意見は、僕自身が困る環境変動は僕にとっても環境問題で、断固として保全されなければ困る、それは僕の利益を守る活動であるというものだ。多くの人は環境保全活動を何か美しい活動だと思っているように感じ、それを疑問に思い、筆を執った。