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暇な男子大生スナフキンのナンパ日記

恋愛工学に感化された大学生が、美女を即ることと、金を稼ぐことを追い求める過程を記録した日記。twitter:@Opabinia_pussy

昨日見た夢とホモ・サピエンス

昨日、夢を見た。ずっと昔の夢。その夢の中でぼくはまだ19歳で、そこは一面の人に覆われた東京駅だった。

 

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3年前の冬、2月24日。ぼくは某国立大学の受験のために受験日前日から東京入りしていた。ぼくは次の人その次の日の入学試験でその1年間の努力の結果が出ることの実感を持てないまま、受験会場の下見に向かった。(その1年間は高校時代よりも遊んでいたので、精一杯努力した、とは言えないものの)結果から言うと、ぼくはそこそこの手ごたえで入試を終え、3月10日合格発表日、ぼくは第1志望校に合格できた。

 

 

そしてぼくは昨日夢の中で入学試験問題を解き、ひどい結果を出していた。夢から覚めたとき感じたのは恐怖だった。その恐怖は、ぼくの現在の地位が脅かされることに対するものだった。

 

ぼくは今まで自分自身への自信が所属している組織や共同体に拠っていると思っていなかった。正確に言うと、多少そういうことがあったとしても、その寄与の割合はとても低いと信じていた。

 

ぼくは自分自身の能力を評価された結果として得た地位に対してではなく、能力そのものに自信を持っていて、なにかあってもぼくなら大丈夫だ、と感じていると錯覚していた。

 

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ぼくは人類学が好きで、ときどき関連書を読む。興味を持ったきっかけはナンパに役立ちそうだから、ということだったが、今ではそれ自体に惹かれている。

その関係で先日、「サピエンス全史」の上巻を読んだ。(正確に言うとまだ半分しか読んでいない。)

サピエンス全史(上)文明の構造と人類の幸福

サピエンス全史(下)文明の構造と人類の幸福

本書はわれわれ現生人類、ホモ・サピエンス(「サピエンス」とは「賢い」という意味!名付けた者のなんと尊大たることか!)にかつていた、ホモ・エレクトス、ホモ・ネアンデルターレンシス(いわゆるネアンデルタール人)などの「兄弟」が、なぜ我々と同じように現在まで生きながらえなかったかなどの問いを解き明かしている。

 

本書によると、我々サピエンスの、「想像上のものを信じることができる能力」こそが我々の文明、文化、経済を支えている能力である。これだけだと何言ってるかわかんないねw

 

簡単に例を使って説明すると、たとえば企業。日本を代表する企業と言えば、トヨタ自動車という企業は実際に現実に存在するかどうか考えてみよう。トヨタ自動車の実体とは何か。トヨタ自動車製の自動車だろうか、それとも名古屋市トヨタの本社ビル?それとも社長を含む役員たちや社員たちだろうか。

 

全世界で一斉にトヨタ製の車がスクラップにされても、トヨタ自動車という企業はなくならないし、本社ビルに突然巨大隕石が落下して跡形もなく消えても、隕石による災害で役員や社員が全員亡くなったとしても、トヨタ自動車がなくなることはない。(これらはトヨタ自動車という企業がなくなる原因にはなりうるとしても。)

 

つまりトヨタ自動車という会社の存在はぼくたちの信仰によってのみ存在する。日本の、会社に関する法律、日本政府が発行するお金などなどに対する信仰によってのみ存在するのだ。

 

そして国家や会社など現代を生きるぼくたちが所属するほとんどの集団はぼくたちの信仰と強い想像力によって団結している。(人類がその高い社会的能力を以ってしても、互いに対する親密感や連帯感だけでまとまれる最大の人数は、150人程度と言われている。家族経営の店舗などはその一例。)

 

ぼくは自分がホモ・サピエンスであることを強く認識して、自分が平凡な存在だということに落胆し、安堵した。