暇な男子大生スナフキンの日記

暇な男子大生スナフキンの日記

恋愛工学に感化された大学生が、美女を即ることと、人生を楽しむ過程を記録した日記。twitter:@Opabinia_pussy

筋トレをした!

ぼくは大学の授業を終えて、村上春樹の「スプートニクの恋人」を少し読み進めると、大学のジムに向かった。そして、村上春樹ベンチプレスをしながら、とりとめもない思考にふけっていた。どことなく哲学的な問いを投げかけてくる村上春樹の独特の書きぶりに影響されたのだろうか。筋トレをしているときはいつも無心になれるので、何かを考えるのにはちょうどいい。そしてぼくは考えたことを、どこかに書かずにはいられない。2秒で忘れてしまうからだ( ;∀;)

 

 

 

どうして世界は平和にならないんだろう。

 

 

 

 

 

嘘です。ごめんなさいwぼくは、正しいこと、素晴らしい行いとは何なのか考えていた。

 

ぼくはどこの家にもある、父親が変な趣味を持っている、母親がキレるとうるさい、祖父母などの親戚と同居している、のようなごく一般的で、どこにでもある特殊な事情を除いて、普通の家庭で育った。両親は幼いぼくをピアノや水泳などの習い事に通わせてくれたし、欲しかった自転車をクリスマスに買ってくれたり、ゲームの時間は1日30分まで、と決められたりしながら、布団に隠れてゲームをしたり、両親に隠れておやつを食べたりして今まで育ってきた。

 

その中で自然に、「泥棒はいけない」「浮気はダメ」「知らない人に着いていってはいけない」「ファストフードは不健康だから食べ過ぎてはダメ」という普通の考え方を身に着けた。

 

ぼくが大学の構内を歩いているときのことだ。そのときぼくは急いでいたので、少しショートカットしようと車道を通っていた。そのとき、工事の交通整備のBBAが注意してきた。

 

BBA「そこは車道なので通ってはいけません!!」

 

ぼく「(は?)」

 

いやいや、車道だから通っちゃいけませんってそんな当たり前のことは誰でも分かってるよ。通っちゃダメなのを承知の上で、急いでるから例外的に通ってるんだよ。

 

このBBAはぼくを車道を通らないように説得したかったのだろう。説得したいと思うのであれば、せめて説得しようとしてほしい。「車道なので通っちゃいけません」ってそんなことは小学生でも、幼稚園児でも分かることでしょ。通ってほしくないなら、「お急ぎなのはわかりますが、危ないので次からは歩道を通ってくださいね」と、歩道を通るメリットを示してくれ。

 

思うに、何が社会一般的に正しくないか、なんてことは小学校を卒業するぐらいの年齢になれば多くの人が頭では理解している。だから、不倫している人に、不倫はよくないとか、タバコを吸う人に、タバコは身体に良くないとか言っても意味はないのだ。

 

誰でも分かっている、誰にでも受け入れられる一般論なんてものは、言っても言わなくても同じだ。

 

将来のためになるから勉強をしなさい、目に悪いからゲームをやめなさい、という言葉に心を揺さぶられて行動に移す人がいったいどれだけいるだろう。

 

 

殺人ですら、あるいはそうかもしれない。未来人は10億人の未来人を守るために1億人の現代人を殺すかもしれない。

 

多くの人は自分以外の人が自分と全く異なる価値観、文脈で動いていることにあまりにも無頓着だ。人の家のバスルームを使って、髪の毛を落としたまま平気いる女、人の部屋に平気で下着を置いていく女……

 

ぼくたちは同じ映画を見て感動して涙するように、こんなにも似た感性を持っているのに、その価値観はあまりにも違いすぎる。

 

 

まあだからこそ、道徳っていうみんなで守っていこうねっていう共通認識が必要になるんだろう。道徳的に正しいことがぜったい正しいかどうか、という問題は別として。法律もそうだよね。法律的にアウトだから絶対悪ってことじゃなくて、むしろ正しいか間違っているかなんて誰にも判断できないから、法律っていう基準を作ってそれに 則って裁くしかないんだろう。裁判でそれぞれの事情に合わせて毎回判決を変えるわけにいかないからね。

 

ところでぼくたちがドキドキしたりするのはどんなときだろう。

 

ちょっと気になっていたけど行ったことがなくて、入りづらい店に入るとき。

今まで出会ったことがないようなスト高とのアポ。

行ったことがない国に行くとき。

 

ぼくたちはいつも、小さいことでも今までに経験したことがないことに、心を揺さぶられる。

 

ぼくたちの心が動くのは、規律を守って一般常識に則ってつつましく暮らしているときではないのだ。ぼくはもっと歳をとって30、40歳になったとき「あのときこうしたおかげで、やばいことにはならなかったけど、ああすれば面白かったかもな。」よりも、「あのときああしたせいで酷いことにもなったけど、そのおかげで面白い経験ができたな」と思えるように行動していきたい。