暇な男子大生スナフキンの日記

暇な男子大生スナフキンの日記

恋愛工学に感化された大学生が、美女を即ることと、人生を楽しむ過程を記録した日記。twitter:@Opabinia_pussy

ぼくはスマホをいじることに飽きつつある。

ぼくは小学校高学年のころからインターネットを使い始めた。当時ゲームにはまっていたぼくは、「ポケモンルビー」や「ゼルダの伝説風のタクト」の攻略情報を調べるためにインターネットを使い始めた。検索ポータルサイトは、今のようにGoogleが台頭してきておらず、Yahoo Japan!を利用している人の方が体感的に多かったように思う。ちょっと調べてみると面白いデータが見つかった!

yokotashurin.com

このサイトによると、どうやらぼくがインターネットを使い始めた年代では、Yahoo Japan!がシェアの6割程度を占めており、圧倒的優勢だったようだ。そして昨年2015年には、Googleの日本国内での検索エンジンにおけるシェアは6割以上にまで上昇している。Googleさんマジパないっす。。

 

話をもとに戻そう。ぼくはインターネットを使い始め、その面白さ、便利さにすぐに夢中になった。といってもしょせん小学生なので、やることはゲームの攻略情報を調べたり、面白フラッシュを見たりするぐらいだ。ぼくらの世代からインターネットを使っている人なら知っている人もいるかもしれないが、当時ぼくたちの小学校では「赤い部屋」というポップアップ広告を用いたホラーサイトのようなものが大ブームになったりもした。

 

インターネット上に高解像度で美しい映像があふれ、ホラー映像なども探せばすぐに見つかる今でも、「赤い部屋」は初めて見た人に強い恐怖を与えるクオリティを持っていると感じる。

 

ゲームの攻略情報や、友達の間で話題になったサイトを検索したり、そして中学生になり、家族にばれないようにこっそりアダルトコンテンツを探したりしながら、ぼくはインターネットリテラシーを身に着けていった。どんな検索ワードを入力すれば、目的の情報を得られるか、ブラウザをどう操作すればFC2動画の視聴履歴を削除できるか、そんなことを試行錯誤しながらこなしていくうちに、ぼくはインターネットの読み書き能力を身に着けたのだ。

 

そして、高校生になり、今でいうガラケーを手にし、大学生になってスマホを手にし、インターネットに接続する媒体はパソコンだけでなくなってきたが、今も昔も大してやることは変わっていない。

 

ネットサーフィンだ。

 

パソコンでwebサイトを見ていた時代も、面白そうなサイトのリンクをクリックし、さらにそこから次のサイトへのリンクをクリックし、ということを繰り返してぼくはネットサーフィンを楽しんでいた。自分でいうのもなんだが、ぼくは知的好奇心が旺盛な方だったし、当時「月刊そうなんだ!」や「小学館の図鑑NEO」を読んで宇宙に関心を寄せていたぼくは、Wikipediaの「恒星の進化」や「ブラックホール」のページを何度も読んだり、ハッブル宇宙望遠鏡によって撮られた美しい星団や星雲の写真を見て感動していた。また、当時将棋にはまっていたぼくは、父が仕事でパソコンを使うと言ってもしばらく頑なに譲らないほどに、インターネット将棋にハマっていた。

 

そうして小、中、高、大と、ぼくはインターネットの進歩とともに歩んできた。あるときは、メモリ不足のパソコンで頻繁に停止するAVを見ながら自慰行為に励んだこともあれば、あるときは高尚な自然科学の知識を調べるためにブラウザを立ち上げ、そしてまたあるときは100万円振り込んでください、というポップアップに本気でビビったこともある。そして、インターネットは次第にモバイル端末でも快適に使用できるようになっていき、ぼくはPSPでwebブラウザを使ったり、ガラケーで高校の友達同士しか見ないようなブログを書いたり、スマホで暇さえあれば目的もなくネットサーフィンをするようにもなった。

 

大学に入り、授業が退屈だと感じればスマホをいじっていたし、実際面白いと感じた授業は多くなかったので、大学での多くの時間をスマホいじりに使ってきたと思う。あるときはTwitterを更新し、友人にリプライやふぁぼを送った。またあるときは、出会い系アプリで女漁りをした。そうして多くの時間をインターネットに費やし気づいたのは、漠然とネットサーフィンをしているとなんだか賢くなった気になれるということだった。

 

2chまとめサイトや、SmartNewsのちょっとしたコラム記事、東洋経済オンラインで読む経済関係の記事。どれも読んで1時間後には、記事のタイトルすら覚えていない。

 

特に目的を持たずにネットを徘徊することが悪いことだというつもりはない。実際、この行動がぼくの会話の引き出しを増やすことや、知識の幅を増やすことに多大な貢献をしてくれたと思っているし、目的を持って行った行動と、持たずに行った行動でどんな結果が得られるかは基本的にはわからないとぼくは思っている。

 

しかし、ぼくはネットをなんとなく徘徊して得られる情報に決まり切ったパターンのようなものがあると最近感じているし、それはぼくがある種の嗜好性を持って、非無作為的にネットサーフィンをしているからなのだろう。そしてぼくは、そうして得られる決まりきったパターンの情報にだんだんと価値を感じなくなってきた。インターネット上には数限りない情報があふれているが、ぼくは情報教材に手を出したこともあれば(と言っても3000円程度だが)、ベンチャー企業でwebサイトを作成する業務を担ったこともある。つまり、ぼくが言いたいのは、ぼくはインターネット上で見かける情報にある程度カテゴリ分けをできるぐらいに、ネット上の情報を目にしてきたということだ。もちろん、ネット上の情報量は今やほぼ無限大なので、すべてを知り尽くしいるなどとおごり高ぶっているわけではない。

 

ぼくは今、就活と学校の授業が中心の生活に、ナンパを少し取り入れながら暮らしている。これからは、これらの関連事項を調べたり、あるいは買い物をするためになどの明確な目的を持ってインターネットと付き合っていくのがぼくにとっていいのではないかと感じ始めている。

 

スマホをいじりつづける生活にさよならを告げようと思う。

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